韻とアイデアほか

日本語の押韻などに関する走り書きetc...

【整理】倒置押韻法とそれによる弊害

どうもTachibuanaです。今回は日本語における倒置法を用いた押韻について、自己確認も含めた整理をしたいと思います。いつも通りおおざっぱな感じになりますがご了承を(ちなみに今回記述する韻はすべて脚韻についてであり、頭韻などははぶきます)。

 

ではまずこちらの例文をご覧ください。

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「わたしはりんごをたべる」、まあ普通の日本語ですね。では韻の話をはじめるまえに、この文章をもちいて日本語の文法についておさらいしておきましょう。日本語というのは言語学的にSVO型というものに分類されております。SVOというのは主語(Subject)、目的語(Object)、動詞(Verb)の頭文字をとったもので、まさに上の例文の語順のことをさします。

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そして単語のあいだに含まれている「は」「を」、これを助詞といい、さらに細かく分類すると「は」は係助詞、「を」は格助詞というものになります。他にも助詞はたくさんありますが、今回つかっているのはこのふたつです。助詞についての詳しい説明はこちらのWikipediaで見れます。

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おさらいはここまで。ではこの一文で脚韻(さいごの単語で韻をふむこと)をしようとするとどの単語になるか、というともちろん「たべる(動詞)」になりますね。ではこの「たべる」で韻を踏める動詞を並列してみましょう。すると「たべる/かせぐ/はねる/まける」のようになります。これらを見てみてください。なんとなく"韻を踏んだ感じ"がしないように思えないでしょうか。

 

ではこの"韻を踏んだ感じ"というのは一体なんなんでしょう?

 

答えをさきに書かさせていただくと、この"韻を踏んだ感じ"というのはひとつの単語にたいしてひとつの単語の韻を合わせる、ということに他なりません。「えっ、でもたべる/かせぐ/はねる/まけるって全部ひとつの単語じゃ〜ん」と思うでしょう、そうでしょう! でも違うんですね。じつは日本語における訓読みの動詞というのはふたつに分けることができるのです。

 

例えばりんごを「すでに食べてしまった」ということを表現する場合、「たべ-る」ではなく「たべ-た」と表記しますよね? これが欲求を表現したいなら「たべ-たい」、今現在口にしているなら「たべ-ている」と表記するはずです。この「たべ」の後ろにくっついて表現したいことを変えられることばを接尾辞といいます。日本語はこの接尾辞を使って過去現在未来...などの形式を表現しています

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なにが言いたいか。つまり訓読みの動詞というのは、1語のようで行動と形式(接尾辞)の合わさった2語と言えるのです。そして「たべ-る/かせ-ぐ/はね-る/かけ-る」で韻を踏んでいるのは行動そのものではなく、後ろにくっついている接尾辞の現在形なのです。逆に言ってしまえば、すべての動詞を現在形で表記しなければ韻が踏めないということになります。 

 

 じゃあどうすればいいんだよ!となったところで本題の倒置押韻が出てくるわけですね。倒置押韻法、これは要するに、目的語(今回でいう"りんご")が文章の最後にくるよう文を入れ替えることです。こうすることで接尾辞などによって変化する動詞が最後にこなくなり、純粋な「ひとつの単語にひとつの単語」で韻を踏めるわけですね。

 

この倒置法はかのラッパーK Dub Shineが開発したことで知られていますが、歴史的なことに関しては今回触れません(あしからず)。ではこの倒置法はいったいどう用いられているのか、図にしてみましょう。

 

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このようになります。「たべる」と「りんご を」を入れ替えて、「を」を打ち消すことで「りんご」という単語を最後に持ってくることができるわけです。やりました!これで日本語でも韻が踏める!しかしここでまたひとつの問題が出てきます。

 

それは日本語として不自然、ということです。

 

"どうして不自然か"ということに関して、いくつかの見方ができるかと思います。例えば打ち消してしまった格助詞の不在が文章の方向性を不安定にしているとか...しかしもっとも大きな問題は、実はもっと別の場所にあったのです。それは、動詞と目的語が結びついて、あたかもひとつの目的語になってしまっているように見える、ということです!

 

いったいどういうことか。同じ要領で倒置した、別の例文をもちいて説明しましょう。というか説明するまでもなく一目瞭然です。ご覧ください。

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あなたが怒れるゴリラか。

 

と、こういう具合です。つまり、「わたしはゴリラを怒る」はずが、あたかも「わたし」自身が「ゴリラ」になってしまっている、ということです。これが倒置押韻法をもちいるときの最大の弊害というわけです。

 

サラッと書いてますが、日本語ラップのライターや批評家の方達は、この点についてひとっことも指摘してこなかったんですよね。なので多くの人が問題の根源を理解していないし、何言ってるかわからない支離滅裂なラッパー(居ますよね?それもたくさん...)が後を絶たない!今後もし、国語の授業で倒置押韻法をつかった作詞などが盛り込まれるなら、是非ともこの点は記述すべきだと自分は思いますよ。

 

さあ嘆いてばかりもいられません。どうやってこの問題を解決すればいいでしょう?となるわけですが、いちおう改善策はあります。とっても簡単で、ただ動詞のあとに口調を加えればいいのです。図で見て見ましょう。

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こんな感じです。これでひとまず「わたし」が「ゴリラ」を「怒る」という意味を保ったまま、倒置法ができたのではないでしょうか(どうしてゴリラを怒るハメになったのか、というヤボな質問は回避していく)。

 

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長くなりましたが、これで今回の記事は以上になります。これから韻を踏んだ文章を書こうという方にも、参考になるのではないでしょうか?

次のTipsでお会いしましょう!