
Aesop Rock - Coma
クソ上司との闘いは終わりません。それは休息か一回休みか。そろそろエイサップ・ロック氏の残機が気になってきたところですが、8曲目"Coma"は彼に付きまとってくる"睡魔"を巡った曲です。サムネも気を利かせ、ボコられて瀕死のエイサップ氏をチョイス。
ここまで追ってきた曲と同じように血も涙もない難解バトルライムで占められているんですが...お気づきの通り、彼はアルバム中に繰り出した謎のラインを再び提示しているのです。
この曲での例を挙げていくと...
Labor:"クリロン爆撃機"
Daylight:"ヘンソン考案の落下傘兵"、"翼の影"、"謝肉祭"、"リンカーン"
Save Yourself:"神頼み"、"リップ・ヴァン"、"ドッグファイター"、"おとり"
Flashflood:"雄ヤギの髭"、"ピンボールの反則"、"鉄砲水師"
One Brick:"流儀"、"クローン羊"
The Tugboat Complex pt.3:"哨兵"
こんな具合にです。6曲だけで既に膨大な数のリファレンス(参照先)が用意されてるのがおわかりでしょうか。
同世代のMCだと特に彼とMF DOOMに顕著なんですが、彼らのようなアブストラクトMCのパイオニアは、ある曲で出した印象的(だが謎の)ラインを説明、補足するように、別の曲で違う角度からそれらを再利用する、という手法を発明、発展させているんですよね。
DOOMでいくと”Operation:Doomsday”、または"Madvillainy"なんかでこの手法がよく見られたんですが(前者は国内版、後者はこのサイトのゴミ翻訳で確認して下され)、こうすることでアルバム単位で取り扱っているトピック/含意をより重層的に表現でき、またディティールをより克明に掘り下げることが可能になるわけです。
この手法は大きなテーマそれ自体というより、そのテーマを構成する材料の側に働きかけることで効果を発揮します。
例えば"死"というクソデカテーマがあった時、それに対して...
①死の方法:交通事故、自殺、暴行死、死刑、社会的な死
②死の原因:不成功、パワハラ、薬物、身内の死、戦争
③死の対義:創作行為、彼女(嫁)、友人、薬物、現実逃避
このように、マインドマップ的にいくつか分類/分岐が生み出せるかと思います。
で、上で言った材料の側というのは右の赤文字で、これをさらに具体的、つまり限定的な語彙に落とし込み、使いこなすということなのです。
例として最初に取り上げたAesop Rock氏のユニークワードを見ていきましょう。彼が本アルバムで取り扱っているテーマは"労働"なわけですが、そこに付きまとういくつかの概念/材料は何でしょうか? 整理していくと...
①上司:"翼の影"、"リンカーン"、"鉄砲水師"
②忠実な部下:"おとり"、"クローン羊"、"哨兵"
③社会の慣習:"謝肉祭"、"流儀"
④エイサップ(反抗者):"落下傘兵"、"リップヴァン"、"ドッグファイター"、"雄ヤギ"
⑤反抗方法:"クリロン爆撃機"、"神頼み"、"ピンボールの反則"
このように分類することができるかと思います。そして限定的な語彙とはまさにこの右側、赤文字の単語群のことを指してるわけですね。
そもそもアブストラクト/抽象的というのは「個々の事物の本質・共通の属性を抜き出して、一般的な概念をとらえる(by コトバンク)」ことをいうんですが、彼らアブストラクトMCはその共通属性を抜き出すためにあえて具体的で限定的、つまり間接的でメタファー的な語彙を使っているんですね。
そしてそこから引き出される最も重要な効果は、それらが限定的、メタファー的であるがゆえに映像的リリックにしやすく、それを反復使用することでアルバムにタイムラインを生み出すことができるということです。
例えば『Madvillainy』で言えば、3曲目"Meat Grinder"で出会った女が13曲目"Operation Life Saver..."で強烈な口臭であることが掘り下げられ、ゆえに21曲目"Great Day"で「でもお前がワインや食事したいかもと思うタイプじゃ決してない」と説明がなされるわけです。時間軸が存在しますよね。
英国のJam Baxterによる傑作『Fetch The Poison』では、"赤"という単語から塗り絵(殺人)→赤い車→チェリー塗装仕上げ(殺人/車)→赤信号→血塗られた繰り糸とイメージを連結させていき、それがタイムラインの補強に一役買っています。それ以外にもたくさん連想する単語がありましたよね。
そして...つまり本アルバム『Labor Days』の場合、それは最初に挙げたおびただしい数の単語群にあたるわけです。これら膨大な間接的語群は、流れるようなカメラワーク的映像は生まないまでも、アルバム全体に断片的な流れをつくることに成功しているってわけなんですね。
例えば"Flashflood"で「俺のある種の横揺れがピンボールのランプをとらえるぜ」とラップした後、本曲で「ピンボールの反則が築いた風景を歩いていた」とその事後が述べられる、この前後関係です。
彼はアルバム最後までこれを続けることで、労働というものに対する非常に重層的な見解を紡ぎ出すことができたのです。そしてそれこそ、彼が「Mr. Complex(複合的)」の別称を手にした理由でもあります。
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