韻とアイデアほか

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【研究メモ】日本語ラップのストーリーテリングと構造問題:㊦いくつかの提案

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あらゆる手段を使って音節を略す

 

 回に渡りお送りさせていただきました、この厚かましい『ストーリーテリング問題』シリーズもようやく最終回です。いよいよメインディッシュに移りたい所なんですが...さて本文に入る前に、前2回で掴めた問題点をサクっとまとめてみましょう。

 

 

 こちらが㊤と㊥の章ですね。かなり雑にザックリ振り返りましたが、ここから得られた学びは...

 

  • ① 日本語ラップには主語と時制が足りない
  • ② ①を達成すると音節が多くなりすぎてしまう
  • ③ 語頭や語尾において母音をいくらか省略できる
  • ④ 発音省略は法則性がないと聞き取れない

 

 この4つでした。それではまず、③についてちょっと深く掘り下げておきましょう。"語頭や語尾"と書きましたが、はたしてすべてのパターンで母音を略せるのか、そして語中では略せないのか、という点を検証してみたいと思います。

 

1.助詞合成、省略できない母音

 

 それではまずこの語をご覧ください。

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 朝餉、つまり朝ごはんを意味する言葉ですね。ちなみにこの"餉"は単体で「食べ物、食事」などの意味があるそうです。さて、ではここで母音省略をしてみましょう。すると語頭を削る場合、音は「さげ」のようになり、語尾を削ると「あさg」となりますね。

 

 これは場合によっては許容範囲でしょう。単体だと某掲示板のメール欄に入力する「sage」のようにも聞こえますが、これが文中にあると上手くいく場合があります。

 

 例えば「手始めに朝餉を食らう」という文章のばあい、"朝餉"の直前の助詞「に(ni)」と、朝餉の「あ(a)」を合成される形で発音するのです。

 つまり「てはじめにゃ(nia)さげをくらう」という具合に。

 語尾のばあいもこの例になぞれば、「手始めにあさぎょくらう」という具合にできます。なんとか認識できない...こともないでしょう。綺麗にはキマってないですが。

 

 これらは日本語ラップで既に使われている方法ですね。こんな具合に、各単語の語頭や語尾を、直前や直後の助詞(てにをは)と合わせることを仮にここでは助詞合成とでも名付けましょうか。

 

 しかしこの朝餉ということばを、倒置法を使って文末に置くと話は違ってきます。「手始めに食らうサゲ」「手始めに食らうあさg」...どうでしょうか。前者だと東北なまりの人が酒を食らってるように聞こえないでしょうか。そして後者だと某有名退魔忍を食らってるように聞こえます。なんのことやらサッパリですね!

 この例から、どうやら母音にも略せない例があることが分かります。

 

 実はこれ、日本語の母音あいうえおと、舌や吐息の動きが複雑に関係しているようなのです。Wikipediaの『日本語の音韻』のページをご覧ください。このような画像が載っています。

 

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 これは各母音の舌と唇の動きをグラフ化したものらしく、に行くほど舌が前に出てに行くほど口がすぼまることを示しています。こんな具合に音というのは口の動きで分類ができるのです。まあ今回の考察とは直接関係ないので飛ばしますが、こんな具合に、自ら実践して区分することができそうですね。

 

 では試しにやってみましょう。「カ行かきくけこ」の母音を省略して、元の音が識別できるか(つまり母音なしでか・き・く・け・こを区別できるか)どうかです。ちょっと手元に録音機材がないので例示できないので、みなさん各自の口でちょっとやってみてください。

 

 ...どうでしょう。「き」と「く」は識別できても、「か」「け」「こ」は省略できないのではないでしょうか。あるいはできたとしても、吐息を強く吐かなければ難しいですよね。

 

 これは恐らくなんですが、子音「akstnhmyrw(あかさたなまやらわ)」の音が歯と口蓋で発音されることに起因しているんだと思われます。

 

 歯、口蓋、これらはどちらも口腔の上側にありますよね。で、イ段とウ段というのはどちらも口をすぼめ、舌を歯や口蓋からそれほど動かさずに発音できるんですね。これにより息を吐く(舌を前に出す)ような大がかりな動作も必要なくなるわけです。

 

 よって子音のみを発音するようなごく短時間の処理が求められるとき、イ段とウ段は無理なく省略することができるというわけなんだと思います。検証が雑ですが...

 

 

 英語が日本にやってきたとき、例えばRapはラッ"プ"、ウ段として処理され、Pinchはピン"チ"、イ段です。Cart はカー"ト"、Cardはカー"ド"のように変換されましたが、これは日本語にトゥやドゥのような発音がないからでしょう。そしてトゥやドゥ、これもウ段ではないですか。このトゥやドゥを母音省略することで、日本人は末尾のTやDの子音を獲得してきたのです!(クソ強引)(歴史改ざん)

 

 例えば「ひっこし」の「こ」(オ段)を省略しようとすると、どうあがいても「ひっくし」みたいな音にしかならんと思うのですよ。これじゃクシャミみたいじゃないですか。引っ越しとクシャミのダブルミーニングを狙わんとする奇特なセンスの持ち主でない限り、あんまり褒められた作戦とはいえないですよね。

 こんな寒い国は出て行くぜ...ひっくし(引っ越し)!

 

 ――というわけで、助詞合成を使わない場合、母音省略はイ段とウ段のみ省略できる、ということが言えるのではないでしょうか。学術的に不明瞭?インテリめ、細けえこたあいいんだよ!俺の大脳辺縁系に住むNippsさんが「知ったふりしろ」って言ってるんです🖕

 

 実際、頭や末尾でなく単語中であっても、イ段とウ段なら省略可能になるのです。はじめに挙げた"朝餉"の「さ(ア段)」は無理でも、足蹴(あしげ)の「し(イ段)」は母音を略して発音できますよね。そういうことなんですな!

 さあとっとと次に行きましょう。批判はコメント欄にまかせるぜ。

 

 

2.1字語/1字化を活用する

 

 突然ですがこの言葉を見てください。

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 皆さん既に慣れ親しんでらっしゃる流行語ですね。小池百合子都知事が記者とのソーシャルディスタンスを指摘したときに放った語ですが...これには感動しましたね。

 

 こんな風に密なんて言葉を使った例は未だかつてありませんでしたよね。まぎれもなくこれは「密閉・密集・密接」の3密から応用して取られたわけですが、自分はこのとき日本語の新たな可能性を悟りましたよ。天啓さながら。ユリーカ!って気分でした。

 

 つまりですよ、他の二字熟語も同様に、1字だけ抜き出してリリックに使えないかということなんです。

 

 例えば「訓練」という字から「訓」だけを抜いて「訓を積む」と書くようにです。

 または「批評」という字から「評」だけを抜いて「評を下す」と書くように。

 または「調和」という字から「調」だけを抜いて「調を取る」と。

 「怠惰」から「怠」を抜いて「怠に参る」。

 

 こんな風に、1字で意味が成立する語は省略してうまく使うことができるんじゃないかと思うのです。前述した朝餉の「餉」なんかいい例で、例えば「餉を済ます」と書いたら、「ああ、ご飯を食べたんだな」ということは("餉"という漢字の意味を知っていれば)分かるのではと。

 

 もちろん歌詞カードなしで一聴で聞き取るのが難しくなるとは思うんですが、そんなの今だって同じだろと思うのでスルーします。

 

 「同音異義語が増えすぎて理解に困るだろ!」という考えもあるでしょう。

 でも例えばですよ。「弁」という字はバルブ、ようするに管の途中にはさむ、流量を調整する器具のことを指しますよね。ところが日本語には既に「弁が立つ」という慣用句があるのです。弁とはこのばあい「弁舌」の弁で、「が立つ」と合わせると”演説がうまい"という意味になるのです。

 

 ここから考えられるのは、そうやって抜き出した1語であっても、一緒にくっ付けた述語から何を意味するかおおむね把握できるのでは?ということです。

 

 挙げた例の中から「訓を積む」を選んでみましょう。これの場合は「訓練の訓から取って"訓練を積む"という意味なんだな」という推測ができると思います。

 

 では「訓を得る」ならどうでしょう。

 このばあい「教訓」という字が適切で、意味するところは「教訓を得る」なんですが、パッと思いついたでしょうか。

 なかなか難しいと思うんですが、でもこれが例えば「業務のやらかしから訓を得る」のような感じで、一文の中に登場させると、文脈からそれを理解することが可能なんじゃないかと思われます。

 

 

 またこの1語化は、日本語で難しかった8ビートの拍を単語単位で刻むという行為に手が届くようになるのではと考えております。ちょっとやりすぎな例ですが...

 「(きょう)に富ん(びょう)を(きょう)の

 太字の部分が8ビート、アンダーラインがその偶数拍です。日本語だと1語1語の音節多すぎて、普通に書くとどうしても拍ごとに単語を刻む、ってことが難しいんですよね。

 

 内容の堅苦しさが目につくのでアレですが、言わんとしてることは分かるでしょう。「狂気に富んだ描写を通して残酷な故郷の業を歌う」...しかしこれだと2小節使ってしまいそうですよね。

 

 まあ極端な話、こういったことがこの手法を介することで、日本語で実現できるようになるってわけです。"文の固さ"に関しては、英語混ぜるなり訓読みを足すなりして、各自で柔らかくしてもらえればなという感じです。

 

 これはまだ仮説段階の技術なので、もしこれを読んでる方がいらしたら、ぜひ実証実験みたいな感じでバシバシつかってみてほしいですね。また歌やラップでなくとも、何かしらの執筆、なんならただのツイッタラーだとしても、ちょっとこのアイデアを取り入れてみて、新しい日本語づくりを楽しんでみてほしいです。

 

 実際、自分は翻訳の時にちょこちょここの手法を取り入れております。特にトラップやグライムのような高速ラップになると、翻訳の音節が多い場合、1行読んでるうちに曲では2行進んでる、みたいなことが起きてしまいがちなので。さいあく、戸田奈津子氏のようにノリだけ汲むということになりかねません。

 

 たぶん面白いことになるんじゃないかな~と思うんですがね。よろたのです。

 

 

3.主語をすべて1音節に収めろ!

 

 さてラスボスです。そもそも本研究メモはストーリーテリングを打倒するために始められたもので、その最悪の敵が主語にあることは書きましたね。そして時制を入れたまま体言止めをするとさらに音節がかさばるということも。

 

 日本語の最悪なところは、その主語にさえ音節が食われるということでしたね。「俺は」「彼は」ならまっとうに発音すると3音節、「彼女は」「彼らは」なら4音節、つまり16ビートの4/4で1拍まるまる食ってしまうのです。

 

 こいつをどうすりゃいいのか...と色々考えたんですが、前回の研究から得た学び

 ④法則性が必要

 という所からヒントを得ました。主語省略の表を作ればいいんじゃないでしょうか?

 

 ...というわけで作ってみました。

 

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 いやはや、仕事の合間に作った労作ですよ。1から解説しましょう。
 この表は①で紹介した助詞合成と母音省略を応用したもので、省略された主語(赤)と、その後に繋がる助詞(緑)を足すことで、グレーの背面の部分の発音になるということを示したものです。もちろんぜんぶローマ字読みですよ。

 

 では各発音の根拠を述べましょう。まず助詞の方から。

 

 まず「~の・に」が「」に置き換わる点ですが、これは「俺ち」「あいつとこの~」「あいつ聞けばわかる」などなど、日常生活で聞かれる口語を元にしてます。「に(ni)」のi、「の(no)」のoが略された形ですね。親しい仲だとこういった砕けた発音をよく使うかと思います。

 

 次に「~を」と「~へ」は...これは母音そのままなので解説する必要もないでしょう。

 

 そして「~は」が「」に変わるのは、「あいつぁ~」「あたしゃ~」「俺に逆らうたあいい度胸じゃねえか」などの口語に由来しております。「は(wa)」のwがないですよね。特に最後のは「とは(towa)」の発音が潰れ、中間のoとwまで省略されてますが、誰もが認識できますよね。なのでaだけでも問題ないかなという結論に至りました。

 

 

 そして主語の方ですが、これは日常の使用例から略を考えるのではなく、識別可能かどうかに重きを置いて作ってみました。

 

 」が「le」なのは日本語にL(前歯の裏に舌をあて発音する)の発音が無いので、文章の頭にL音が来たら分かるかなと。

 

 You」は用途やムードに合わせて変えられるよう、「」と「お前」の2パターンをご用意させていただきました。識別性はまず問題ないでしょう。myの方は”マイ”でなく"ミ"的な発音です。mynなら「ミィン」ですかね。あとはミャ行の要領です。

 

  "お前は"がmaea(まえあ)で一見すると発音しにくいように思われますが、これは「ま」を発音した直後に舌を出して引くだけで繰り出せるので、ラッパーなら問題ないレベルでしょう。

 

 これ・あれ・奴・それ・そいつ」がまとめて「ts」なのは、まず「つぁ・つぇ・つぉ」の音が日本語だとまず耳にしない音だから、というのがひとつ。文頭にツァがくるなんてツァーリボンバーについて語る時以外まずないですからね。

 なので「そいつ」の「そい」が発音されなくても、認知可能なのではと思います。例えば日常の中で、「つぁ違うよ~(それは違うよ)」という風に使用しても、共通認識さえあればスンナリ受け入れられるのではないでしょうか。

 

 「あれ・これ・それ」には「つ」の音がないと思うでしょうが、日本語だと距離感的に「あれ」と「これ」の中間に「それ」が来ると思ったのでそこに焦点を絞り、「それ」を「そいつ」に置き換え、「Soitsu」の「ts」を抜き出したという具合です。

 語の扱う距離の範囲が大きいですが、おそらく混同しても問題ないでしょう。日本語は英語のThisとThatほど、「これ」と「あれ」の分別がシビアじゃないと思うので。

 

 また、「そいつ」は「奴」を口語で表現する時にも使うので、表には「奴」も含めさせていただきました。「彼」がしっくりこない、音節が多いと思う場合にお使いください。

 

 彼女」が「(no)j」という謎の表記になってるのは、さすがに「j」だけだと認識しずらい場合もあるかなと思ったので、付けたいときはnoも付けてという意味です。特に「彼女は」のばあい「ja(じゃ)」になってしまい、前置詞の「じゃあ~」と判別がつかないので「noja」表記にしてあります。

 そしてジャ行は日本語であまり頻出しないのでその点も考慮してますね。

 

 ● 」が「kar」なのは、「r」だけだと「俺」のlと被ってしまい、lとrの区別がつきづらい日本人には無理だなと思った次第です。音節が多いので、不満な方は「奴」の「ts」で代用してください。

 

 彼ら・奴ら」の「tsra」は特にいうこと無しですね。まずtsraなんて発音はどこでも聞かないので、識別可性はバッチリでしょう。

 この「ts」は歯の隙間から息を押す「無音節のつ」をイメージして発音してください。表記だと「つら」のように読めますが、この「つ」は子音のみです。

 

 あと「~の・に」のnの行で、tsunやjon、karenと謎の母音が足されてるのに関しては、nが母音を含まないのに起因しております。このまま使うと(例えばtsnのような形だと)音節にならないので、n行では母音がない場合、主語に省略前の母音を足してください。

 例えば「そいつ」の「つ」はtsuなのでuを、「彼女」の「じょ」はjoなのでoを、彼の「れ」はreなのでeを、といった具合です。

 

 

 さて、この主語と助詞を足して1~2音節で発音してみましょう。

 

  • 俺の」の場合、「俺・le」と「~の・n」を足して「len(れん)
  • そいつを」なら、「そいつ・ts」と「~を・o」を足して「tso(つぉ)
  • 彼女は」なら、「彼女・noj」と「~は・a」を足して「noja(のじゃ)
  • 彼へ」なら、「彼・kar」と「~へ・e」を足して「kare(かれ)
  • 奴らに」なら、「奴ら・tsra」と「~に・n」を足して「tsran(tsらん)

 

 こんな感じです!

 

 また、文章として筆記するさいは、It isをIt'sと略す要領で、主語と助詞のあいだに「’(アポストロフィ)」を入れる感じでお願いしたいです。例えば

そいつはとうの昔に失くした(発音:つぁとうのmかshになkshた)

 こんな風に筆記すると読んでて違和感がないのではと思います。

 

 

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 お疲れさまでした。以上で本稿は終わりです!

 いや~~長かったですね。構想当初(まだラップやってた数年前)はどう着地させたもんかサッパリ分からんかったですが、為せば成るもんです。

 このアイデアは自分がラノベ作家になろうと色々読みふけってた時に見つけた『All You Need Is Kill』という作品、そこに出てくる"高速英語(バーストイングリッシュ)"なる概念から着想を得ております。まあこの概念に関して作中で詳細に述べられるわけではないんですが。

 

 ともかく、これでストーリーテリングなど、主語が入れ替わるラップをするときにだいぶ楽になるのではないでしょうか。なにせ4音節が1音節、3音の省略ですからね!自由度もあがるってもんですよ。

 

 はたしてこの先、どれだけのMCがこのオタクブログを訪問するかは疑問が浮かぶところですが、とりあえずこのような技術を提唱したことをご報告さしあげます。オープンソースです、お好きにお使いください。

 

 それではまた次の研究でお会いしましょう、Tachibuanaでした~。