韻とアイデアほか

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【雑記】諸事情で翻訳できないアルバム5選

しようにも出来ない時もある...

 

 熟なりに翻訳を重ねているこのブログですが、時には翻訳を諦めるときもあります。手が足りないのはもちろんのこと、内容が趣味じゃないとか、説教臭いコンシャスラップは...とか、こいつは脳死したチキチキ3連符じゃないかとか。

 

 あと意外に思われるかもしれませんが、自分はトラックスーツの高速手まり歌も翻訳する予定はありません。自分が素晴らしいと思っていたのはWileyが完成させた形式美の方であって、正直ローカル性一辺倒なそのリリックには惹かれていないんですよね。なのでそれ目当ての方がいたら...申し訳ないです。

 

 しかしそれらの狭い門戸を潜り抜けてなお、翻訳できないアルバムもあったりします。本ブログで取り上げているのは基本的にコンセプト/ストーリーテリングアルバムなわけですが、今回はそれらを選別する過程でハンカチ噛みながら諦めた作品群をいくつか紹介していこうかなと思います。

 

 もちろんアルバムの軽い解説や、サブスク等のリンク先も各盤ごとに貼り付けておくので、興味を惹かれたかたはぜひチェックしてみてください。どれも極めてよく出来た一品であることを約束いたします...

 

 

1. ANKHLEJOHN, Big Ghost Ltd. - Van Ghost

 

 のアルバムはワシントンD.C.のラッパーANKHLEJOHNと、謎のビートメイカBig Ghost Ltd.が結託して作り上げたコンセプトアルバムです。ジャケットが示す通りVincent van Gogh、つまりゴッホをモチーフとした作品で、中々出世できないANKHLEJOHNがゴッホの霊に憑りつかれるように、自身の憂き目を吐露していく内容となっております。

 

 ANKHLEJOHNのフロウはONYXのSticky Fingazのようなダミ声(自身で彼の名を出している)に、Westside Gunn以降の過剰なスキャットが合わさったようなもので、一聴して彼と分かる強烈な個性があります。「Bang Bang Bang...」「Haaah!」「(Wha)t I'm on?」「Swear to god!」「Sick sick sick...」「Aaaggghhh~...」などのほか、子供みたく無邪気に笑うなどなど。

 

 おぞましい数の作品をリリースしており、Spotifyで確認する限り17~22年におけるフルレングスの量はコラボ含め20作(!)もあります。もちろん全てがスタジオクオリティというわけではないのですが、素晴らしいハングリー精神ですよね。

 

 対してBig Ghost Ltd.の方は異色の経歴を持っており、彼は元々匿名ライターとして「HiphopをGhost Face Killahっぽい口調でレビューする」というミームブログを運営していた人間でした。ところがある時そのブログ記事がバズってしまい、終いにはGFK本人にバレてコテンパンにされ、閉鎖まで追い込まれてしまったもよう。

 彼については、もっと詳しく書かれた記事があるのでそちらをご紹介しておきます。

 

Dare#1「生ける亡霊」|Big Ghost Ltdについて

ttps://note.com/heelsthehealer/n/n13d518a3017d

 

 ビートがネタ選びからミックスからとにかくよく出来てて、さすがDrakeやら何やらケチョンケチョンに叩くだけあっての徹底したプロダクションぶり。Griselda周辺を始めとして、多くの比較的無名アーティストとのコラボ(フックアップ)も行っているのが好印象ですね。現在に至るまで覆面のままというのもミステリアスで良し。

 

 各曲をゴッホの作品からインスピレーションを得て作り上げ(タイトルも原題からの引用)、出来上がった作は頭からケツまでダレる事がありません。著名なHiphopレビューサイト「Hiphop Golden Age」の18年度の年間ベストで第3位を飾るのも頷けます。

 

 でなぜ翻訳できないかというと...騒がれたのに歌詞がほとんど掲載されてないんですね! Rap Geniusを覗いても11曲のうち4曲しか載っていないという。色々考えたんですが、時間なども考慮して此度は妥協することにいたしました。無念!

 

  ちなみにジャケットのゴッホ風の油彩もBig Ghost Ltd.が担当しているもよう。とんでもない器用さです。大画面に拡大してみるとタッチの良さがよく分かるので試してみてください...

 

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2. Adeem - The Volume in the Ground


 ューハンプシャー州キーン出身。Adeemの名で知られる彼はメイン州ポートランドへの旅行中、そこに在住していたAnticonの創設者Soleの誘いで、有名ヒップホップフェス『Scribble Jam』のMCバトルに参加。すると98年と01年に、それまで無かった2度の優勝を飾って一躍有名になります。

 

 ビートメイカーMakerとDJ DQとの三つ巴"Glue"というグループとして『Seconds Away(03)』『Sunset Lodge(05)』『Catch as Catch Can(06)』などをリリース、他にも数多の作を手掛けます。ソロ名義では02年の『Sweet Talking Your Brain』から長らく供給が途絶えていたんですが、そこで11年発表となったのが本作『The Volume in the Ground』になります。

 

 彼はフリースタイル巧者であると同時、クリスチャンラッパーとしても名が知られているんですが、この作品ではその出自がいかんなく発揮されているらしく、なんでも7人の不運な人間、そして墓掘り(Adeem)にまつわるキリスト教が深く結びついた作だとか。つまりコンセプト作であり、ストーリーテリング主体なアルバムなのです。

 

 Adeemの歌うようなフロウ、それに合わさるビート群はブルースやカントリーの流れを汲んでおり、完全にそれ以外ないという最高の相性を見せています。

 前述した『Sunset Lodge』もそうなんですが、はっきりいってこれほど(少なくとも音楽的には)隙なく完成されたアルバムがまったくと言っていいほど無名なのが不思議でなりません。その位の熱量がこの作品にはあります。カニエがゴスペルを取り入れた? コイツを喰らいな!!!(CDケースが批評家の頬を捉える)

 

 じゃあなぜ翻訳しないかというと...歌詞が1行も載ってないのです!!!どっっっこにもねえ!!! なぜラッパーたちはこうもリリックを掲載しないのか。国際法で違反になるよう法整備する必要がありますよ。

 

 加えて、自分がキリスト教に関してまったく存じ上げていないのも手が伸びない理由です。聖書をさらっとでも読まないことには、表面すらすくい取る事もままならないでしょうから。...あしからず!

 

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3. Danny Brown - Atrocity Exhibition


 トロイトが生んだ狂人Danny Brownによる、Nine Inch Nailsみたいな曲名で始まるJoy Divisionみたいなタイトルのアルバム『Atrocity Exhibition』。紹介するまでもないくらい有名でしょう。18歳で売人になったあと足を洗い、小さい頃から夢見ていたラッパー人生に傾倒、現在はWarp Recordsと契約するまでに至っています。

 

 エクスペリメンタル・ヒップホップの傑作と名高い本作を翻訳しない理由なんですが...なんと本作、16年というストリーム全盛期を迎えた時代にも関わらず、国内盤が発売されており、しかも全曲対訳つきという豪華仕様なのです!

 

 しかも解説に小林雅明氏、歌詞対訳に渡辺志保氏と、ヒップホップレビューの大御所がそろい踏みしており、その付属ブックレットの枚数はなななんと約50ページ!統一規格のCDパッケージにぎちぎちに収まっており、充足感まちがいなしです。

 

 というわけで既にそれが存在するうえ、翻訳権を買い取っての対訳だと思われるので筆者の出る幕はまったくありません! 値段が上下しているものの、現在もAmazonなどに新品在庫があるので(おそらく増産した)、興味ある方はぜひ手に取ってください。このブログのチンケな訳と違う、プロフェッショナルでスムースな翻訳が拝めますよ。

 

Amazon(国内盤)

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4. Your Old Droog - TIME

 

 Pitchfork、HiphopDX、RapReviews...あらゆるレビューサイトで「Nasみたいなフロウ」と形容される苦労人、ウクライナアメリカ人のYour Old Droog。そもそも彼が有名になった理由がサンクラに上げた初音源がNasの別名義と噂されたためらしく、なんというか名声の代償みたいなものの典型例を思わせますね...。

 

 そんな彼が21年にリリースしたのが本作『TIME』です。露天商から10ドルでタイムマシンの時計を買った彼が、さまざまな時代に飛んで彼の人生などなどと向き合うというプロットの本作は、学生時代に飛んで、当時死が発表された直後のMF DOOMと会うという『Dropout Boogie』を始めとして、Aesop RockやElzhi、BluやMick Jenkinsなどの豪華客演陣を満載しております。

 

 彼のユダヤ人としての出自からスキット的に幼児のヒトラーを殺しにいく(それも2回)とことか、最近のラッパーなのに珍しく大麻を否定している("Get High"と"No Time"で言及されている)とこなど、フロウの古典的印象に反して意外と個性のある方だったりもします。ビートはRoc Marci/Alchemist以降のドラムレスが主体ですし、その被せからグリゼルダ世代と雑にくくられることもありますが。

 

 で本作の翻訳ができない理由なんですが...なんと彼(というか多分その後ろ盾)、無償での歌詞の掲載を許可してないんですね!

 

 なんでも歌詞にも著作権があり、当然著作権料を請求する権利があるということらしいんですが...つまり自分自身で聞き取って書いたとしても、本サイトにはタダでは掲載できないのです!

 

 何という不自由さ。わざわざ作っておいてショートバージョンのMVしかYoutubeに上げない日本のクソったれなメジャーレーベルを彷彿とさせる時代遅れっぷりですが、本人がそういうんだからしょうがないです。というわけで...歌詞は載せられません! 再生して、感じてください(?)

 

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5. Louis Logic - Sin-A-Matic


 後にこちらのアルバムを紹介しましょう。00年代のインディーラップシーンを盛り上げた数多くのラッパーの中でも、特にライミングにおいて卓越した技術を持っていたMC、Louis LogicMF DOOMの別名義、Viktor Vaughnのアルバム『Vaudaville Villain』に客演してたりするのでご存じの方もいるかと思います。

 

 筆者は例によって『インディーラップ・アーカイブ』などでその存在を認知し、1小節丸々ライミングして内容も破綻しないなどの紹介に驚いたんですが、そんな彼が03年にリリースした1stアルバムがこちら『Sin-A-Matic』です。

 

 "Cinematic(映画的)"という語をもじって"Sin(罪)"をかけた本作は、映像的でありながら"あえて"お下劣なリリックであらゆるものをこき下ろすというもの。ポリティカル・コレクトネスはびこる現在の世界ではより強烈さが増して感じられます。下ネタ、人種差別、なんのその。

 

 さてこのアルバムを翻訳しない理由はといえば...今まで羅列したものと違って根本的な所なんですが、好みでないビートが多い、加えてフロウがやや単調という点です。そんな殺生な、とお思いでしょうが。

 

 自分はリリックに焦点を当てるために本サイトを運営しているんですが、実際のところ音楽として気にいらなければまず聴く気にならないというのが本音です。というのも、何度も言うように翻訳に本腰を入れるまで英語が読めないからです。

 

 同じような理由で、ミニマルの極致たるMr.Lifの『I Phantom』は気になる反面どうしても再生する気が起きなかったり。英国かぶれとしてはポリティカルラップの傑作であるLowkeyの『Soundtrack to the Struggle』は翻訳すべきと思いつつも、そのメインストリーム臭い音使いに興を削がれたり。

 元祖ストーリーテリングの2人、Slick Rickの『The Art Of Storytelling』やKool G Rap『Roots of Evil』などもビートの弱い曲が多いせいで、円盤完訳シリーズで訳す決断に到れませんでした。

 

 なんだかんだ言いつつ、ビートで曲を食ってますという罪な告白でした。単曲では好きなものも多いんですけどね。Louis Logicの本作にしても"Freak Show"や"Idiot Gear"なんかは大好きですし。もしかしたら単体では訳すときも来るかもしれません。

 

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 というわけで翻訳できない5選でした。厳密には5選じゃないだろとか言わないでください。選定する際にめちゃくちゃ沢山のコンセプトラップアルバムを知ったんですが、世の中には面白い盤が死ぬほど眠っています。この記事で取り上げたのはそのほんの一部に過ぎないのです...

 

 というわけで次の記事でまたお会いしましょう。Tachibuanaでした...ピース!